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高松地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決

高松市錦町一丁目二〇番八号

原告

須崎武夫

右訴訟代理人弁護士

桑城秀樹

井上昭雄

香川県坂出市駒止町二丁目二番一〇号

被告

坂出税務署長

立花仙一

右指定代理人

吉田幸久

山本孝男

横濱照生

宮武輝夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、

(一) 昭和六一年三月一一日付でした昭和五七年分所得税の総所得金額を金三六七六万九六〇九円、過少申告加算税の額を金六八万二五〇〇円とする更正処分のうち、総所得金額金一一一〇万八一二九円を超える部分ならびに右加算税賦課決定処分

(二) 昭和六一年四月二六日付でした昭和五八年分所得の総所得金額を金三九九一万〇五二一円、過少申告加算税の額を金七〇万五〇〇〇円とする更正処分のうち、総所得金額金一四二七万二〇四一円を超える部分ならびに右加算税賦課決定処分

(三) 昭和六一年四月二六日付でした昭和五九年分所得税の総所得金額を金三六九〇万〇〇〇六円、過少申告加算税の額を金九七万三五〇〇円とする更正処分のうち、総所得金額金一五二六万一五二六円を超える部分ならびに右加算税賦課決定処分

をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、別表の各「申告」欄のとおり、所得税の確定申告(青色)をしたところ、被告は、同表の各「更正処分」欄のとおりの更正処分及び「過少申告加算税」欄のとおりの過少申告加算税賦課処分をした。

2  原告は、同表の各「備考」欄のとおり、高松国税局長に対する異議申立てをしたがいずれも棄却され、これに対する国税不服審判所長に対する審査請求も棄却された。よって、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  被告の主張

1  更正処分の適法性

(一) 原告は、昭和五七年分、五八年分、五九年分の各確定申告において原告の坂出機船株式会社(以下「坂出機船」という。)に対する貸付金について行った債権放棄(昭和五七年二六〇〇万円、昭和五八年二六〇〇万円、昭和五九年二二〇〇万)による損失を事業所得に係る損失として他の所得との損益通算を行った。しかし、被告は、右貸付に係る所得は、事業所得には当たらず、雑所得に該当するものであるから、損失を生じても、その損失分を他の所得との損益通算は認められない(所得税法六九条一項)として、本件各更正処分をした。

(二) 所得税法の事業所得とは、「対価を受けて継続的に行う事業」から生じる所得を指すものと解されるが、原告の坂出機船に対する貸付は、次のような諸点からして、対価を受けて継続的に行う事業とは認められず、この貸付に係る所得は雑所得と認定すべきものである。

(1) 昭和五七年から五九年までの各年の貸付元本額の残高は、平均五〇〇〇万円程度であるが、この間の利息は、貸付元本額にかかわりなく年額三〇万円と一定であり、利率としても年〇.六パーセント程度に過ぎない。これは、当時の公定歩合五.〇ないし五.五パーセントと比較しても極めて定額であるし、原告の本業である公認会計士としての申告を基準にしても、右利息収入は、一.九六ないし二.七パーセントというわずかなものであって、独立した事業とはいい難い。

そのうえ、原告は、右利息も現実に収受せず、再三、元本に組み入れ、新たな貸付をし、一方で昭和四六年以降、毎年のように、貸付残高増加分についての債権放棄を行っている。

(2) 原告の坂出機船に対する貸付は、昭和五七年が三七回、五八年が三四回、五九年が二二回であって、貸付頻度は多く、また、貸付残高も平均五〇〇〇万円に上るものであるが、その貸付の相手方は坂出機船のみであり、かつ坂出機船は原告自身が代表取締役を務め、原告(九五パーセント)とその家族が全株式を保有する会社であるという特殊な関係にあり、原告が債権放棄によって債権放棄損を生じたとしても、坂出機船はこれによって債権放棄益を生じていることになり、それはそのオーナーである原告の利益につながるものであって、実質的には、原告自身何らの不利益を被ることがない。

原告の坂出機船に対する貸付は、坂出機船が金融機関に負担する借入金返済の資金を調達するものであり、原告自身の連帯保証人としての債務の履行に過ぎない。

(3) 原告には、独立の事業としての貸金業の人的、物的施設はなく、貸金業者の届出や宣伝活動もない。

また、貸付にあたって、抵当権設定等の債権保全措置が全く取られておらず、事業としての貸付とは考えられない。

(4) 原告は、昭和五〇年以降(五三ないし五六年を除いても)、少なくとも一億二一三〇万円の債権放棄をしており、各年度の放棄額は、その年度の債権の増加額(利息プラス新規貸付分)にほぼ対応している。これは結局所得税対策に過ぎないものであって、そのうえ、この結果生じた債権放棄損をさらに事業所得上の損失として損益通算しようとするのは、正義に反するものである。

右によれば、本件貸付に係る所得を雑所得と認定してした本件更正処分は正当である。

2  過少申告加算税の賦税決定処分の適法性

本件更正処分が正当であり、かつ原告には更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が更正前の税額計算の基礎とされなかったことについて、国税通則法六五条四項の定める正当な理由はないから、同条一、二項により過少申告加算税を賦課決定した処分も適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1(一)の事実は認める。

2  同1(二)及び2は争う。

ただし、昭和五七年から五九年までの貸付利息が、貸付元本額にかかわりなく年額三〇万円であったこと、右期間の貸付回数及び貸付残高が平均五〇〇〇万円に上ること、原告は公認会計士を本業とする者であること、原告には貸金業の人的、物的施設はなく、貸金業者の届出や宣伝活動もしていないこと、貸付の相手方である坂出機船は原告自身が代表取締役を務め、原告とその家族が全株式を保有する会社であること、の各事実は認める。

3  しかしながら、坂出機船への貸付が原告の事業であることは、次のような点からも明らかである。

(1) 原告は、本件前の昭和五一年から五六年までは年六.五ないし七パーセントの利子を徴収していた。

また、本件後の昭和六〇年以降は七パーセントの利子を徴収している。

本件の三年間は、坂出機船の再建を検討中の期間であり、これに協力するための措置として、この期間の利息を年三〇万円と協定したものである。なお、右の利息の利率についても、原告が坂出機船所有地を年間使用料一二〇万円を支払わずに使用を継続していることによる債務等を差し引いた金額を基準にすれば、年一パーセント強から四パーセントになるものであり、被告主張のような低額ではない。

(2) 原告は、昭和五〇年一月一〇日、貸付債権の保全のために、坂出機船の所有地である宅地五筆について売買予約をしている。貸付金は、右土地の処分によって回収が可能である。

(3) 原告が債権放棄をしたのは、税務上、繰越欠損金は、五年以上経過したものは切り捨てる取扱いとなっているから、坂出機船の五年以上経過の繰越欠損金が切り捨てられるのを避けるために、その経過前に債権放棄をし、債務免除益を生じさせて、繰越欠損を減少させようとしたものである。右は税務当局からの赤字減少の指導や金融機関からの融資を得やすくするための方策でもあった。

本件において、原告の貸付が長期にわたって反復継続していること、利息の収受もあること、債権保全措置をとっていること等に照らせば、事業としての貸付であることは明らかである。

そうすると、被告の本件更正処分は、原告の所得中、事業所得と認定すべきものを雑所得と認定して他の所得との損益通算を認めないという誤りによって原告の所得を過大認定したものであるから違法であり、また、これを前提とした過少申告加算税の賦課決定処分も理由がないから本件各処分はいずれも取り消されるべきである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因事実及び被告の主張1(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件の争点は、原告の坂出機船に対する貸付が所得税法にいう事業所得に該当すべきものかどうかの点(被告の主張1(二))にあるので、以下、この点について判断する。

成立に争いのない乙第三号証、第一七ないし二一号証、第二三ないし二五号証、第二七ないし三四号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一ないし一〇、第二号証の一ないし一〇、第七号証の一ないし一三、第八号証の一ないし六、第九号証の一ないし一四、第一〇号証の一ないし一四、第一一号証の一ないし一五、第一二号証の一ないし一四、第一三号証の一ないし一四、第一四号証の一ないし一三、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二六号証、原告本人尋問(第一、二回)の結果及びこれにより成立の認められる甲第一、 第二号証に当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和二五年頃から公認会計士の資格を有し、坂出市及び高松市に事務所をもってその活動をしている者であるが、昭和三六年頃から坂出機船に対し、毎年数回にわたり金銭の貸付をするようになった。当初の貸付高は年間一〇〇万ないし二〇〇万円程度であったが、昭和四五年頃から増大していった。

なお、坂出機船は、昭和二八年頃から原告自身が代表取締役を務め、原告及びその家族が全株式を保有している会社であった。

2  原告は、右のように坂出機船のために金銭の融通をしたが、金銭貸付のために特段の人的、物的施設を有しておらず、貸金業の届出や宣伝活動もしたことがなかった。また、原告が貸付として処理したのは、坂出機船のみであった。

なお、原告の貸付金は、坂出機船の帳簿上、仮受金とされ、他の金融機関等からの借入金とは区別されていた。

3  坂出機船は、昭和四四年に、香川県信用組合からの借入金の返済が滞り、坂出機船所有の土地およびその地上の原告所有建物について競売の申立てがされた。原告は、坂出機船の金融機関からの借入れについて、その代表者として常に連帯保証人となり、原告個人の不動産も担保に供しており、公認会計士としての自己の立場上も、自己の財産に対する競売等を避ける必要があった。そこで、原告が資金を調達して坂出機船に貸付の形をとり、坂出機船はその資金でこれを処理した。また、そのころ、原告の弟が代表者を努める株式会社油屋商店(以下「油屋商店」という。)の経営が行き詰まり、坂出機船が油屋商店に振り出していた融通手形の決済資金が必要となったため、原告が約四〇〇〇万円を坂出機船に貸し付けて処理をした。

4  右の四〇〇〇万円余の坂出機船に対する貸付金は、昭和五〇年までに二〇〇〇万円ずつ二回に分けて原告が債権放棄し、原告と坂出機船との間では、昭和五〇年に、新たに元本五〇〇〇万円の限度で原告が継続的に貸付をし、その担保として、坂出機船の所有地五筆について売買の予約をすることとした。しかし、右担保を保全するための仮登記等の第三者への公示及び対抗手段は全く取られなかった。

そして、右土地には、同年九月に坂出信用金庫のために極度額一二〇〇万円の根底当権が、また、昭和五三年九月に同金庫のために極度額二〇〇〇万円の根底当権が設定され、さらに昭和六三年には、大蔵省の原告に対する五六〇〇万円余の租税債権を担保するために抵当権が設定されている。

5  昭和五〇年以降の原告の貸付金は、坂出機船の金融機関への借入金返済の資金として使われた。

坂出機船の経営は、昭和五四年頃から悪化し、収益はなかった。原告もそのころから坂出機船の経営が持ち直す見通しを持っておらず、徐々に会社を清算することを考えていた。そして、坂出機船は、昭和五六年初め頃にはまったく休業の状態となった。

6  ところで、本件係争期間である昭和五七年から五九年までの間に、原告は、坂出機船に対して有していた五〇〇〇万円近い貸付金について、昭和五七年には二六〇〇万円、昭和五八年には二六〇〇万円、昭和五九年二二〇〇万円の各債権放棄をした。一方、坂出機船に対し、昭和五七年中に二〇五〇万円余、昭和五八年中に一四九〇万円余、昭和五九年中には一〇三三万円余の新たな貸付をした。そして、この間の利息は、貸付元本額にかかわりなく年額三〇万円であった。なお、利息の収受も従来から帳簿上の処理のみであって、現 実の支払は行われなかった。

以上の各事実を認めることができる。

そして、原告と坂出機船との間に、前記売買予約が行われた以降、坂出機船の所有地が原告に引き渡されたことないし、原告において、右土地を使用していることを認めるに足る証拠はない。

三  ところで、金銭の貸付が所得税法上の事業に該当するかどうかは、所得税法二七条一項及び同法施行令六三条の解釈に係る問題であるが、右各規定にいう事業とは、対価を得て行う継続的事業、すなわち営利を目的とする継続的な行為であって、必ずしも特定の設備や経済的組織体であることを必要とするものではないが、社会通念に照らして事業と認められるものであることを要すると解するのが相当である。

そして、金銭の貸付から生じる所得が事業所得であるか否かは、その貸付の相手方、貸付の目的、貸付日数、貸付金額、利率、担保権設定の有無、貸付金額の調達方法、貸付のための施設、広告宣伝の状況、その他の事実を総合勘案して判断すべきものである。

そこで、右の観点から検討すると、本件において認められる原告の貸付先及びそれとの関係、貸付の目的及び貸付に至る事情、貸付に対する担保及び貸付後の債権管理(放棄)の状況等の事実に照らすと、原告の坂出機船に対する貸付は、原告自身が代表者をし、かつ金融機関からの借入れの連帯保証人となっている坂出機船に対して、主として金融機関への返済資金の調達又は援助の方策として原告が自己の名義で他から調達するなどした資金を充てたものに過ぎず、原告自身の保証債務の履行としての側面もあるものであって、その形式が原告の坂出機船に対する貸金であるにしても、社会通念上、この貸借を原告が事業としてなしたものと認めることはとうていできないものである。

原告は、長期にわたって、反復継続して貸付を繰り返していることや資金の回収可能性等を主張するが、原告主張の事情は右の判断を左右するものではない。

そうすると、本件の貸付は、これを原告の事業と認めることはできないから、本件貸付に係る所得は事業所得とすべきでなく、雑所得と認定すべきものである。

よって、これと同様の判断のもとに被告のした本件更正処分は適法であるというべきである。

四  また、右更正処分が正当であることを前提とした本件過少申告加算税の賦課決定処分(被告の主張2)も正当と認めることができる。そして、本件記録を検討しても、他に本件各処分が違法であることを窺わせるに足りる資料もない。

五  以上の認定判断によれば、原告の請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝口功 裁判官 石井忠雄 裁判官 青木亮)

(別表)

〈省略〉

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